「仕事とプライベートに境界はない」は幸か不幸か

よく「仕事とプライベートに境界はない」と言う人がいる。

たしかに、仕事とプライベートに境界がなく見える人は、自由でかっこよく見えるときがある。オンとオフの境目が曖昧で、そういう意味では常にオンのタイプの人。

逆に、仕事とプライベートにはっきりと境界がある人もいる。仕事が終わると全く違う頭に切り替わっていて、仕事にはプライベートのラインを越えられては困ると断固と主張するタイプの人。

自分はどちらかというと、仕事とプライベートに境界はないタイプだろう。そんなことを考えながら、妻の誕生日旅行で別府に行った。

今回は、完全に「プライベート」の旅行のはずだ。

しかし、そう簡単にプライベートの旅行にはならない。現地では仕事で関わっている人が僕と妻のプライベートツアーをしてくれ、訪問先ではいつの間にか仕事の提案をしている自分がいたり、友人の家に泊まることになっていたが、その前にその友人が紹介してくれたお坊さんと(妻同席で)仕事の打合せをすることになったり、結局交わっている。

そう、交わっているという表現が正しいと思った。

「仕事とプライベートに境界はない」は幸か不幸か、という問いに対する僕の考えはこうだ。

まず、人生には「仕事」と「プライベート」という2つの軸はたしかに用意すべきだ。仕事=プライベート=人生という形で、全く境界のない単なる一直線になってしまっては個々の体験から得られるはずの大切なことがないがしろになってしまう気がする。充実した幸せな人生というのは、それらを2つの軸が、何度もクロスして、何度もねじれて、2軸が交わってできた固い1本の線である。その2軸が交われば交わるほど、人は幸福感を覚えるのだろう。

つまり、「仕事とプライベートに境界はない」という表現は、半分よくて半分足りない気がする。どちらかというと「仕事とプライベートは常に交わっている」という表現のほうが適切なのではないか。

そんなことをぼんやり考えた別府旅行だった。